24.チンドン太鼓の翼

物語が壮大すぎて、筆が止まっておりました。

前回までで、すでに起承転までたどり着いた感がありますが、ここから「転」部分が続いていきます。

1997年夏、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットで、うつみようこさんの代役としてデビューさせて頂いたあと、うつみさんとの二丁チンドン態勢で、数多くのステージに立たせてもらいました。

毎週末のように神戸の被災地に通うなどして、短期間で一気に場数を重ねていきました。100回の練習より1回の本番。得たものは極めて大きいものでした。

ですが、私が演奏する場はプロの現場で、ソウルフラワーは音楽界随一リズムに厳しいバンドです。ついこの間まで素人だった私が、そう簡単に彼らのレベルに追いつくはずはありません。

バンドはプロとしてのクオリティをキープするため、当然ながら容赦ない指導が5年ほど続きましたが、そのおかげで、私は実に高いスキルと多くの気付きを得ました。

海外に出ると度々、「そのグルーヴの良さはどこで身につけたの?!」と尋ねられます。これぞソウルフラワーで鍛えて頂いた賜物です。

チンドン太鼓を始めて2,3年経った頃から、大熊さんのユニットで演奏する機会が徐々に増えていきました。

客席や舞台袖で聴いてきた曲ばかりですから、譜面も見ず、説明はなくとも、すぐに合わせることができました。お箏のお稽古で自然と身についた耳コピ力のおかげです。

一方ではビシビシと鍛えてもらいながら、もう一方ではのびのびと演奏させてもらえる。いずれも素晴らしい音楽家たちが音を重ねる場で、音楽家として育つことができました。なんと恵まれた環境だったのでしょう。

ところで大熊さんは、すでに80年代から、様々な社会問題に関心を持ち続け、音楽でも力を添えられる場に積極的に出向いていました。チンドン太鼓を演奏できるようになった私は、そうしたデモや抗議行動に度々誘われ、参加するようになりました。

当時の私は、社会問題に関心を持つことは人間として当たり前であるとは思っていたものの、デモや市民活動には強いアレルギーがありました。

そのため、大熊さんからご褒美を頂くことを条件に、デモや抗議行動での演奏に渋々参加していたのです。自主的に参加していたわけではありませんでした。

90年代後半、大熊ワタルさんは自らのバンド「大熊亘ユニット」を「CICALA-MVTA(シカラムータ)」と名付け、リスペクトレコードから初のアルバムをリリースしました。

CICALA-MVTA(シカラムータ)という名は
添田唖蝉坊さんの墓碑銘から拝借しました

崔洋一監督の映画『豚の報い』の音楽を手掛けたりと、大熊さんの才能がさらに広く知られ始め、個人的には大熊さんのマネジメント業の比重が高い時期でした。

2000年になると、シカラムータにとって初のヨーロッパツアーが実現、8カ国6週間にも及ぶツアーの1発目は、Scott Walkerのコーディネートで、Blurのオープニングアクトを務めました。

BlurのDamon Albarnと大熊ワタルさん

マネジャーとして随行した私は、チンドン太鼓も持参し、シカラムータの公演に1、2曲演奏で加わったり、少ない編成でライブをしたり、ドイツZDFの番組のためにバッハをチンドンにアレンジして演奏したりと、長期間の珍道中でした。

あのツアーにご同行くださったメンバーの皆さんには、思い出すたびに頭が上がりません。

2001年、2002年にもシカラムータの海外公演が続き、スウェーデンの鍵盤奏者Lars Hollmerのスウェーデンツアーにも同行したりするなか、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットの海外公演に参加しました。

海外に行きたいという下心で始めたチンドン太鼓は、デビュー時の香港、ベトナム、フィリピンにとどまらず、その後私を様々な国へと連れて行ってくれました。

モノノケサミットのフランスツアーから帰国した翌日には、東ティモールの国家独立記念イベント出演のため、ふたたび出国したのを覚えています。

都内の自宅に帰宅する時間すらなく、成田空港の近くに一泊し、大熊さんはそのホテルでTVの取材を受けるなど、多忙を極めていました。

地球上をあちこち行き来して、朝起きるたびに「ここはどこ?」という日々。元気ではあったものの、疲れもたまった状態で、東ティモールに到着しました。

その東ティモールでは、書きはじめたらキリがないほど様々なことが起きました。そのなかにひとつ、私にとって最も重要な経験があります。音楽家として向かうべき道を指し示してくれた経験でした。

そのお話はこの次に…。

物語はつづいていきます。

皆さんのきょうという日も、壮大な物語の大切な1ページです。無駄な1ページなど、ただのひとつもありません。

皆さんのきょうが、少しでも楽しく、美しい日に、願わくば存分に素晴らしい日になりますように。

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