1995年は、私の音楽人生が始まった年です。ここからが本番なので、なかなか書き出せずにいました(苦笑)。
クレズマー音楽劇「DOINA」が終わった翌月、大熊ワタルさんのライブが予定されているとのこと、DOINAでご一緒した関島岳郎さんもご出演と聞き、その日をとても楽しみにしていました。
ライブ当日。
朝、起きると、家族がテレビに釘付けになっていました。テレビは未知のおそろしい事態を絶えず報道していました。地下鉄サリン事件が起きたのです。
不安でたまらなくなった母は、これから都内へ向かう私に、今日は出かけないでと頼みました。心配するのは当然です。
あまりの惨事に、私も不安でいっぱいでした。でもこれは私にとって、思いのほか重要な分かれ道だとも直感しました。これは単なる外出ではなく、こんな危険もはらんでいる世の中に踏み出していく勇気を問われているのだ、と。
そして今日、私は出かけなかったら、一生後悔するかもしれない。
まるで映画のひとコマにいるような自分を俯瞰しながら、そう確信した私は、命綱のようにポケベルを握りしめて、千葉から会場の吉祥寺へと出かけて行ったのです。
これが初めてマンダラ2を訪れ、初めて「大熊亘ユニット」を聴いた日になりました。
このバンドがのちのシカラムータになるわけですが、すでに大好きだったティポグラフィカにも通じるおもしろさを満喫しながら、こんな素晴らしいライブを体験できただけで、今日ここに来たことは大正解だったと感激しながら、無事に帰宅したのでした。
そして4月、私は大学4年生になり、それまでの3年間で単位はちゃっかり取ってきたおかげで、その年は卒論を提出するのみとなり、大学に通う必要がほとんどありませんでした。
就職活動はせず、かといって演劇には魅力を感じず、音楽にグッと心をつかまれていたこの時期、クレズマー音楽劇で出会った巻上公一さんの現場に、スタッフとして同行させてもらうようになりました。
若さは弾け、元気はみなぎり、好奇心は炸裂し、時間はたっぷりある毎日。世の中にはおそろしい危険もそこかしこにあるはずでしたが、私は楽しいばかりの幸せを存分に味わえた時期でした。
巻上さんが主催するライブはもちろん、ゲスト出演される公演も、どれもが刺激的でおもしろかったなか、当時巻上さんは毎月、「John Zorn’s COBRA」を開催していらして、多種多様な音楽家や表現者たちによる丁々発止の熱いインプロヴィゼーションの現場を幾度となく体感させてもらい、音楽、そして表現についての実に多くを学ばせてもらいました。
(COBRAとは、ジョン・ゾーンが作曲したゲームの理論を応用した即興演奏のシステム)

出演者の名前は入れ替わりますが、
デザインはこちら。
6月上旬には巻上さん主宰の舞台、「マインド・キング」(リチャード・フォアマン)が上演されることになり、私は劇中の音響効果係として、単純な作業ながら重要な任務を与えられました。
音楽担当はなんとJohn Zorn。パーカッショニストのWilliam Winant と共に私は、Mystic Fugu Orchestraの一員として、稽古から参加することができました。
目の前で、巻上公一さん、鈴木勝秀さん、伊藤千枝(珍しいキノコ舞踊団)さん、Johnが舞台を創り上げていくわけです。これはまちがいなく、世界で最もクリエイティブでクオリティの高い場所のひとつでした。
時が経つほど、この体験がいかに恵まれたものであったか、贅沢な時間を思い出すたびにふるえるほどです。
「マインド・キング」の公演期間中に私の誕生日が来ました。それまでは家族に祝ってもらっていた誕生日を、この年初めて外出して過ごしました。
最高の舞台で光栄なお役目を頂いて過ごせただけで、私にとって特別な誕生日となりましたが、カーテンコールでJohnがお花をくれて、Happy Birthdayを一節演奏して祝ってくれました。
このとき私は、舞台の世界に生まれたのです。まだ何者でもない、でもこれから舞台に生きる者として。

私にとって音楽は、物心ついた頃から生活の中に当たり前のようにあるものでした。演劇の世界に入ると同時に、幼少から続けていたお箏のお稽古から遠ざかり、自ら奏でる機会はなくなりました。
音響スタッフとして、既成の音源で舞台を創ることは得意でしたが、それを生き甲斐とまでは感じませんでした。
演劇における自分の限界が見え、興味も薄れてしまったこの時期に、音楽は待ち構えていたかのように、ふたたび私の前に現れました。
これからどんな人生を歩むのかまったく見えていなかったとき、音楽がまた私に寄り添い、これから歩む先を示してくれたかのようでした。
何者でもなかったこの時期を振り返ると、神様のような愛に満ちたなにか(私は無宗教ですが)が、毎日至るところにたくさんのヒントを与えてくれていたことがわかります。
そして実はたった今も、私たちが生き生きとしあわせに生きられるようにと、それぞれに必要なたくさんのヒントが、自分の周りのそこかしこに与えられているはずなのです。
皆さんも、日常のほんの些細なことにも、実はとても素敵な意味があると思って見つめ直してみてください。
気分を害するような残念なことがあっても、それをポジティブに捉え直してみてください。
こう書いている私だって、どうしても苛立ちが先走って、そんな気持ちになどなれないことはよくあります。人間だもの、誰だってそんなものです。それでも、少しだけ意識して楽しく捉え直すと、状況は驚くほど一変します。
生きづらい世の中に感じますが、皆さんの毎日が少しでも、そして少しずつ確実に、楽しさに満ちた日々になりますように✨
物語は次に続きます。
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