
小学生の頃の私は徒競走が得意で、リレーの選手に選ばれることも多く、こどもらしく活発に動く子でした。
小学校高学年になると、部活動への参加が始まり、私はバスケットボール部に入部。
ところがすぐに突き指をしてしまい、家族から「お箏が弾けなくなる」「運動にはケガがつきものであぶない」とバスケ部入部を反対され、あえなく退部となりました。
ある日、ブラスバンド部に入っていたおともだちに誘われて、放課後の音楽室へ。
とある楽器を習っていた彼女は、「これは音が出るようになるまでがものすごくむずかしいんだよ。わたしなんて、1週間もかかったんだから!」と言いながら、その楽器を嬉しそうに吹いて聴かせてくれました。
「すごい!すごいね!😍」と褒める私に、彼女は、「やってみる?すぐには出ないと思うけど」と、楽器庫にあった別のマウスピースを手渡し、私は彼女が吹く様子を見よう見まねで吹いてみました。
するとなんと…すぐに音が出たのです……😅
3歳の頃から、お箏のお稽古で、お師匠さんの手元を見よう見まねで習い続けた成果が発揮されたときでした✨
ところがおともだちは、「なんで?!なんで吹けるの?!」と徐々に機嫌が悪くなり、困っていたところに運良く、ブラスバンドの顧問の先生が現れました。
おともだちは、先生に事の始終を話し、「なんで?!なんで?!!」と納得のいかない様子。
そのとき、顧問の先生が私を、ブラスバンドに勧誘してくれたのです。
先生はさっそく、「いろんな楽器がありますよ。好きなものをやってみたら?」と、楽器庫にずらりと並ぶ楽器を見せてくれました。
まず初めに気になったのは、アコーディオン🪗でした。

かねてからピアノをやりたかった私にとって、鍵盤が付いていて、蛇腹が閉じたり開いたりするアコーディオンは、まるで胸がドキドキするのを体現しているような、夢に満ちた楽器。
おそるおそる初めてアコーディオンをさわらせてもらったら、蛇腹とわくわくがほんとうにリンクしました。「こんな楽器が弾けるようになったら、素敵だろうなあ😍」
すると先生は、「ブラスバンド部は夏にお祭りでパレードします。トランペットや太鼓はどう?」
次にさわったのはスネアドラム。初めてでしたが、自分にはどこか新鮮味がありませんでした。なにかまったく新しい世界を求めていたのでしょう。
そこでトランペットを手渡されました。丸いマウスピースはそれだけで重くて驚いたものです。
さっそく吹いてみましたが、さすがにこれは音が出ませんでした。お手本になる人がいなかったからです😅
それでもまずはトランペットを始めたくなり、入部することにしました。音楽のもうひとつの扉がひらいた瞬間でした。
ケガのリスクが低いため、家族もすぐに賛成してくれましたが、人生におけるリスクは大いに高まったわけです(笑)。
さて、ブラスバンドではこんな曲を吹きながら、こんなふうにパレードをしました。
地元の大きな夏祭りでのパレード演奏にむけて、暑いさなかに、校庭で隊列を組みながら、みんなでがんばったのは、ほんとうにいい思い出です。
幸い、顧問の先生は、当時まだ20代と思しき、若くてやさしい女性で、行きすぎのスパルタなどはまったくなく、私たちは純粋に「上手くなりたい!」という前向きな気持ちとだけ向き合えました。
その後、私は背が高いほうだったので、トランペットからユーフォニウムに転向となり、華やかな主メロ担当から、低音で支える担当も経験することに。
ある年には、ディズニーの曲をメドレーにして、コンクールにも出場しました。合奏のハーモニーやアンサンブルを、こどもの頃から身をもって楽しめた経験は宝物です✨
ところで私は、入部したブラバンのパレードの練習が始まってすぐに、一番やりたいことを見つけてしまいました。それは……、
ドラムメジャー!🤣
残念ながら、小学校ではそのチャンスには恵まれませんでしたが、なんと立派な大人になってから素敵な形で実現しました!

ドラムメジャーのバトンはわが家にありますので、いつでもご用命ください!(笑)
人生の物語は、自分が思っている以上に、実によくできた筋立てになっているのを実感します。
私は無宗教ですが、神様(もしくはそれに相応するなにか)はこの世で最高の脚本家だと思います。
私ごときが思い描いた流れよりも、はるかに素敵で、はるかに豊かで、はるかに自分を活かしてくれる筋書きを、神様は用意してくれているように、いつも感じています。
よくできたドラマは、なかなかにドラマチックです。最悪に思えることが起きても、それはいずれ最高の気分を味わうための節目だったりします。
皆さんの人生の物語もそうです。いま、とてもおつらくても、よくできた筋書きのスパイスのページだと信じて、ひとまずおいしいものでも味わって気分を変えて、明日またおひさまの光を浴びることにしましょう🌞
物語は明日につづきます。
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