
私が生まれてから小学校に入るまでの間、私と両親は、祖父母とは別の家で、3人で暮らしていました。
祖父母が住む家から少し離れた千葉の郊外にその家はあり、庭には、昭和の時代に流行った箱型のブランコも置かれ、私のお気に入りでした。
ところが私はひとりっ子、箱ブランコは大人と乗るのでは良い按配に揺れないため、たまにしか楽しめず、服が汚れるのも好きではなかったので、家の中で過ごす時間が長かった記憶があります。
部屋ではよく、「東京こどもクラブ」のレコードを聴いていました。絵本の朗読と音楽が収録されたものです。
そうです、私のこども時代は、レコードが主流でした。透明で赤いソノシートも懐かしいものです。
家族は特に音楽が好きなわけではありませんでしたが、母は妊娠中から、インストゥルメンタルの音楽を好んで聴いていたそう。
ちなみに母は、坂田明さんのサックスが大好きで愛聴しています。
さて、私がまだ3歳だった頃、正座ができないことを心配した家族のあいだで話し合いがもたれました。
…いや、まだ、3歳です…ふつうは正座できませんよね…
ところが、材木屋の娘としてはふさわしくなかったようで、家族は私に、正座が身につくお稽古事を始めさせることに。
「お茶やお花は3歳児にはまだ早いけれど、お箏はどうだろう。音楽なら楽しめるのでは?!😍」
昔は、ちょっと外を歩くと、お箏やお三味線を練習する音がよく聞こえたもので、祖父母の家のご近所にもお箏の教室がありました。
そこで、私にとってはおばあちゃま世代にあたるお年頃の、とてもやさしい先生に迎えられ、私はお箏と出会ったのです。
先生のやさしさはどんなときもブレず、わがままにぐずる私にも忍耐強く、無理はさせずに教えてくれました。
3歳なんてまだ赤ちゃんみたいなものですから、譜面は読めません。
その代わりに、先生がお手本を弾くのを、真似しながら覚えていきました。(のちにこれが驚くほどのチカラを発揮します)
ちなみに、お箏はこどもでも、大人と同じ大きさ(長さ180㎝)のものを使います。
祖父母から与えられたお箏は、3歳児にはとてつもなく大きく、特に立てかけられたときの180㎝の高さは、見上げてもそのてっぺんは見えないほど。
お箏と出会い、お稽古開始から半年ほど経った春、私は初めての発表会で、初舞台を踏みました。
ところで、肝心の正座ですが……
家族の皆さんの期待もむなしく、いまでも得意ではありません。足、すぐに痺れます!🤣
皆さんのなかにも、ご家族やお世話になった方々の期待とは裏腹な人生を送っている方が少なくないと思われます…(苦笑)。
お仲間の皆様…。
私たちが元気に、楽しく、自分らしく幸せに過ごすことこそ、育ててもらったことへのご恩返しです😉
きょうも皆様、なによりもまずはお健やかに、そしてほんのひとときでも楽しい日をお過ごしください!
物語は明日に続きます✨
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